文章理解
行政書士「文章理解」の問題
翻訳とは、ある言語の文を、意味の等しい別の言語の文に置き換える作業である。そう考えるのが普通だろう。この見方の背後には、意味という中身がまずあって、言語はそれを包む着せ替え可能な衣装にすぎない、という素朴な図式がある。この図式に立てば、翻訳の良し悪しは、中身をどれだけ損なわずに運べたかだけで測られることになる。しかし、翻訳の現場に降りてみると、この図式はすぐに揺らぎ始める。
言語と言語のあいだには、きれいな一対一の対応がない。ある言語で一語である区別が、別の言語には存在しない。敬意の度合い、親密さの距離、時間の切り方。原文が一つの語で同時に運んでいる複数の含みを、訳文の一語で運びきることは、多くの場合できない。訳者は、どの含みを残しどれを手放すかを、文脈と作品全体への理解に照らして、その都度決断するほかない。訳語の選択とは、突き詰めれば解釈の選択なのである。同じ原作から訳者の数だけ異なる訳文が生まれるのは、怠慢の結果ではなく、この決断の帰結である。翻訳とは、原文という楽譜をそのつど演奏することであり、演奏が奏者ごとに異なるように、訳文もまた訳者ごとに異なるのである。
そうであるなら、翻訳を「原文の完全な複製の失敗」として嘆くのは的外れだということになる。翻訳は機械的な置き換えではなく、原文をもっとも精密に読み抜こうとする、創造的な読解の一形式である。訳者は原文の一語一語に立ち止まり、飛ばし読みの許されない読者として、作品の細部と構造に分け入ってゆく。すぐれた翻訳が時に原作の新しい魅力を掘り当てるのは、この徹底した読みの副産物である。翻訳者ほど原文を精読する読者は他にいない、と昔から言われるのは、このためである。
翻訳を通じて、原作は異なる言語の土壌に植え替えられ、原文のままでは気づかれなかった可能性を開かれる。完全な等価が原理的に成り立たないからこそ、翻訳は尽きることのない再読の営みとして続いてゆく。翻訳の不完全さは、克服されるべき欠陥である以上に、この営みを動かし続ける条件なのである。
本文の内容に合致するものはどれか。
1翻訳は意味の機械的な置き換えではなく、解釈の決断を伴う創造的な読解であり、原作の可能性を開く営みである。
2訳者が十分な力量を備えてさえいれば、原文と完全に等価な訳文はどの言語のあいだでも常に達成できると本文は述べている。
3同じ原作から訳者ごとに異なる訳文が生まれるのは、訳者の怠慢と力量不足の結果だと筆者は述べている。
4翻訳は原文の劣化した複製にすぎないのだから、外国の作品は原文でのみ読むべきだと筆者は主張している。
5すぐれた訳者は自らの解釈を完全に排し、いかなる決断も交えずに中立の立場で訳語を選ぶと本文は述べる。
正解
1.翻訳は意味の機械的な置き換えではなく、解釈の決断を伴う創造的な読解であり、原作の可能性を開く営みである。
第三段落が翻訳を創造的な読解の一形式と規定し、第四段落が可能性を開く営みと結ぶ論旨の要約であるため。
?選択肢ごとの解説
1 ○第三段落が翻訳を創造的な読解の一形式と規定し、第四段落が可能性を開く営みと結ぶ論旨の要約であるため。
2 ×完全な等価は原理的に不成立と本文は述べている。
3 ×訳の多様性は解釈の決断の帰結だと本文は述べる。
4 ×劣化複製観こそ本文が退けた見方であり逆である。
5 ×訳語選択は解釈の選択だとする本文の核心に反する。
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作成・校閲:ukamiru編集部 · 行政書士 過去問 · gyosei-kiso8-0011
