文章理解
行政書士「文章理解」の問題
上手な絵とは、対象にそっくりな絵のことだ。多くの人が最初に身につける芸術の物差しは、おそらくこの「再現の巧拙」であろう。実物と見まがう静物画、今にも動き出しそうな肖像画。たしかに、見えるものを正確に写し取る技術は、長いあいだ画家の腕前の中心的な証であった。しかし、この物差しだけで芸術を測ることには、早くから限界が指摘されてきた。そっくりに描くことがすべてなら、絵画の歴史は写しの精度の向上史に尽きるはずだが、実際の歴史はそのようには進まなかったからである。
決定的な契機の一つは、写真術の登場である。押せば誰でも実物そっくりの像が得られる装置の出現は、再現の技術を職人的な独占から解き放った。絵画は、そっくりに描くことでは機械に並ばれた。だが、このことは絵画の終わりを意味しなかった。むしろ画家たちは、再現の義務から自由になったことで、写真には担えない仕事を探し始めた。対象の形を分解して見ることの仕組みそのものを問う者、内面の律動を色彩に託す者。絵画は、何を写すかではなく、いかに見るかを更新する場へと重心を移したのである。
ここから、芸術の働きについて一つの見方が得られる。芸術は、見慣れたものを見慣れぬものとして差し出すことで、知覚の習慣に揺さぶりをかける営みだ、という見方である。私たちは日常、物を用途の記号として素通りしている。林檎は食料であり、椅子は座る道具である。芸術作品の前で私たちが立ち止まるのは、この省略された知覚が引き伸ばされ、世界の手触りが戻ってくるからである。描かれた林檎の前で立ち止まるとき、私たちは、初めて林檎というものを見るかのように、それを見ているのである。
むろん、技術の錬磨が無意味になったわけではない。知覚を揺さぶる形を作り出すには、素材と手段への深い習熟が要る。ただ、その巧みさは目的ではなく手段である。そっくりであることに感嘆させる芸術から、見ることそのものを新しくする芸術へ。写真以後の芸術は、その転回を今も生き続けている。
本文の内容に合致しないものはどれか。
1見えるものを正確に写し取る技術は、長いあいだ画家の腕前を示す中心的な証として通用してきた。
2写真術の普及は、絵画に対して、再現とは別の仕事へと重心を移す転回を促す契機の一つとなった。
3芸術は見慣れたものを見慣れぬものとして差し出し、用途の記号と化した知覚の習慣を揺さぶる営みである。
4写真術の登場によって絵画は存在意義を失い、芸術の価値は再現の精密さだけに存することが確定した。
5写真以後も技術の錬磨は無意味にならないが、その巧みさは目的ではなく手段として位置づけられる。
正解
4.写真術の登場によって絵画は存在意義を失い、芸術の価値は再現の精密さだけに存することが確定した。
本文は写真の登場が絵画の終わりでなく転回の契機だったと述べるので、存在意義の喪失を断ずる肢が不合致。
?選択肢ごとの解説
1 ×第一段落の記述と合致するため不合致肢ではない。
2 ×第二段落の論旨と合致している。
3 ×第三段落の中心的主張と合致している。
4 ○本文は写真の登場が絵画の終わりでなく転回の契機だったと述べるので、存在意義の喪失を断ずる肢が不合致。
5 ×第四段落の記述と合致している。
文章理解の他の問題
なぜ自然を守らなければならないのか。この問いへの答えは、大きく二つの立場に分かれてきた。一つは、自然が人間にとって有用だから…翻訳とは、ある言語の文を、意味の等しい別の言語の文に置き換える作業である。そう考えるのが普通だろう。この見方の背後には、意味…記憶は、過去を録画しておく装置のようなものだと思われがちである。思い出すとは、保存された映像を再生することだ、と。しかし、こ…遊びは長らく、無駄な時間の代名詞であった。勉強や仕事の対極に置かれ、切り詰めるべきもの、成長とともに卒業すべきものとされてき…老いは喪失の物語として語られる。体力が落ち、記憶が薄れ、社会的な役割が剥がれてゆく。獲得の坂を上る前半生に対して、後半生は下…財布の中の紙幣は、なぜ価値を持つのか。紙としての原価は、そこに印刷された金額に遠く及ばない。かつての貨幣が金や銀でできていた…旅の値打ちは、どれだけ遠くへ行ったかで測られがちである。海の向こうの絶景、名高い遺跡、珍しい料理。確かに、遠さと珍しさは旅心…機械があらゆる物を速く安く正確に作る時代に、手仕事はなぜ残っているのか。よくある答えは二つある。一つは、手作りの品は希少で高…
登録は1分・クレジットカード不要。無料のまま練習・暗記カード・模試まで使えます。
作成・校閲:ukamiru編集部 · 行政書士 過去問 · gyosei-kiso8-0009
