文章理解
行政書士「文章理解」の問題
身体は精神の乗り物である、という比喩は根強い。考えるのは頭であり、身体はその命令を実行する装置にすぎない、と。知性を頭脳の働きと同一視し、身体を下位に置くこの見方は、学校教育の科目編成から職業の格付けまで、私たちの制度の随所に刻み込まれている。しかし、熟練した技能の現場を観察すると、この序列は疑わしくなる。頭で分かることと身体ができることのあいだには、単純な上下関係には収まらない緊張と協働があるからである。
経験を積んだ大工は、木材に鉋をかける手応えから、木目の走りと乾き具合を読み取る。看護師は、患者の顔色と肌の張りから、数値に現れる前の異変を察知する。彼らに「なぜ分かるのか」と問うても、明快な答えは返ってこないことが多い。分かってから動くのではない。手が先に動き、その動きのうちに判断が含まれているのである。この種の知は、規則として言葉に書き尽くすことが難しい。だからといって、それを知性の劣った代用品と見なすのは誤りである。むしろ、状況の微細な差異に応じて瞬時に調整を続けるこの働きこそ、規則の適用としての思考には真似のできない知性の形である。
そもそも、私たちが世界を認識する最初の通路は身体である。物の重さは持ち上げる腕が知り、距離は歩く足が知る。概念による把握は、こうした身体的な把握の上に、後から築かれる階なのだ。抽象的な思考でさえ、把握する、腑に落ちる、消化するといった身体の語彙を借りなければ語れないことは、示唆的である。身体は精神の命令を待つ装置ではなく、世界と精神が出会う最初の現場だと言うべきである。
このように考えるなら、知性の育成を頭脳の訓練とのみ同一視する発想は狭すぎる。手を動かし、失敗し、手応えを蓄積する過程は、概念の学習と並ぶ、もう一つの思考の訓練である。身体知を言葉で完全に置き換えることはできないが、だからこそ、それを実際に伝え合う場を制度の中に確保することが、これまで以上に重要になるだろう。
本文の内容に合致するものはどれか。
1熟練者の身体知も、丹念に聞き取りを行えば規則の形で言葉に書き尽くし、完全に伝達できると筆者は述べるとされている。
2熟練した大工や看護師は、作業中に頭脳をまったく働かせておらず、思考とは無縁であると本文は述べている。
3身体は精神の命令を実行する装置ではなく世界を認識する基盤であり、熟練の技は身体知という知性の形である。
4身体の訓練は頭脳の訓練よりも価値が高いのだから、概念の学習は後回しにすべきだと筆者は主張している。
5物の重さや距離の把握は、身体の関与なしに、概念の操作だけによって最初から成立すると筆者は考えている。
正解
3.身体は精神の命令を実行する装置ではなく世界を認識する基盤であり、熟練の技は身体知という知性の形である。
第三段落の「世界と精神が出会う最初の現場」と第二段落の「知性の形」を正解肢が正確に併せて要約するため。
?選択肢ごとの解説
1 ×本文は身体知の完全な言語化はできないと述べる。
2 ×動きに判断が含まれるとし、思考の不在とは述べない。
3 ○第三段落の「世界と精神が出会う最初の現場」と第二段落の「知性の形」を正解肢が正確に併せて要約するため。
4 ×本文は並立を説くのであって優劣の逆転ではない。
5 ×概念は身体的把握の上に築かれるとする本文と逆。
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作成・校閲:ukamiru編集部 · 行政書士 過去問 · gyosei-kiso8-0008
