文章理解
行政書士「文章理解」の問題
時計の針は、誰に対しても同じ速さで進む。一時間はどこでも一時間であり、王の一時間も庶民の一時間も等しい。この均質な時間は、あまりに当たり前になっているため、それが一つの発明であることを私たちは忘れがちである。異なる場所の人々が待ち合わせ、工場が始業し、列車が接続し、契約に期限が刻まれる。近代社会の壮大な協働は、切り分けても質の変わらない、この計測可能な時間を共有することではじめて可能になった。その意味で時計は、蒸気機関に劣らず近代を作った機械の一つだと言ってよい。
しかし、私たちが生きて経験する時間は、均質ではない。夢中で過ごす午後は一瞬で過ぎ、退屈な会議の一時間は果てしなく長い。子どもの一年は濃密で、大人の一年は加速する。経験の時間には濃淡があり、伸び縮みがあり、質がある。時計が測っているのは時間のこの質ではなく、あくまで社会が共有するための目盛りにすぎない。二つの時間は、本来、役割を異にするものなのである。目盛りが生の実感を測れないのは、物差しで重さを量れないのと同じことで、欠陥ではなく分業なのである。
問題は、目盛りにすぎないはずの時計時間が、いつしか時間そのものの姿として内面化されたことにある。空欄のない予定表に安心し、成果を時間当たりで測り、何も生み出さない時間を「無駄」と呼ぶとき、私たちは自分の生の時間を、交換可能な単位の集まりとして扱っている。現代人を悩ませる慢性的な時間の欠乏感は、労働の絶対量だけからは説明できない。均質な目盛りで生を査定するまなざしそのものが、どれだけ時間があっても足りないという感覚を生むのである。
時計を捨てよという話ではない。社会の同期のためには、均質な時間はこれからも不可欠である。求められているのは使い分けである。他人と協働する場面では目盛りに従い、自分の生を測る場面では濃淡のほうを信頼すること。時間が足りないと感じるとき、足りないのは時間ではなく、二つの時間を区別するこの分別なのかもしれない。
本文の内容に合致するものはどれか。
1時計時間は人為的な発明であって有害だから、社会生活からも順次廃止していくべきだと筆者は提案する。
2均質な時計時間は社会の協働に不可欠だが、それを生の尺度にまで内面化すると時間の欠乏感が生まれる。
3経験される時間の濃淡は主観の錯覚にすぎず、時計の測る均質な時間だけが実在すると筆者は述べている。
4現代人の慢性的な時間の欠乏感は、労働時間の絶対量が長いことのみによって説明できるとされている。
5時計が普及する以前の人々は時間の観念を全く持たず、協働というものも一切行っていなかったと本文は述べる。
正解
2.均質な時計時間は社会の協働に不可欠だが、それを生の尺度にまで内面化すると時間の欠乏感が生まれる。
第三段落が欠乏感の源を目盛りの内面化に求め、第四段落が使い分けを説く論旨を正解肢が正確に圧縮するため。
?選択肢ごとの解説
1 ×本文は均質な時間の不可欠性を認めており廃止論ではない。
2 ○第三段落が欠乏感の源を目盛りの内面化に求め、第四段落が使い分けを説く論旨を正解肢が正確に圧縮するため。
3 ×本文は経験の時間の質を錯覚とはしていない。
4 ×本文は労働量のみによる説明を明確に退けている。
5 ×前近代に時間観念や協働がないとは本文は述べない。
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作成・校閲:ukamiru編集部 · 行政書士 過去問 · gyosei-kiso8-0007
